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【嫁姑問題】嫁の私は結局他人!義両親と2年同居→別居。現在近居の我が家では…??

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【嫁姑問題】嫁の私は結局他人!義両親と2年同居→別居。現在近居の我が家では…??

   

これからいよいよ結婚!という方や、そろそろ義両親が年老いてきて、夫が同居したがっている方など、気になるのが嫁姑問題。すでに同居していて、渦中の人もいるでしょう。

核家族で育った私は、嫁姑問題なんてドラマの世界で、面倒くさい人達がやたら大げさに言っているだけだと思っていました。実際に自分が同居するまでは…。
いざ一緒に暮らしてみると、習慣も考え方も全く異なる人達と暮らすのはなかなかなものでした。。
すっかり疲労し、2年ほどで同居を解消しました。

けれど義両親とは別居後も近居をしており、今も良好な関係を築いています。

別居したのに良好な関係!?

よく驚かれます。同居を解消するだけで嫁姑問題に終止符を打てたのは、本当に良かったです。
はたからみたら、私の嫁姑問題なんて本当にたいした問題ではなかったと思います。Web検索をしてみると、この世のものとは思えない、恐ろしい嫁姑バトルがたくさん…。

私の嫁姑問題は事件もなく表面化することすらなかったため、地味〜でつまらない話ですが、ご紹介させていただきます。

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●同居するまでの経緯

夫と結婚してからしばらくは、夫婦2人+犬1匹で、都心のマンションに住んでいました。
郊外の夫の実家には、年に一度、お正月に訪ねるだけ。
義両親の人柄すら全く知らないままでした。夫から聞く限り自由であっさりした人達とのこと。長男でしたが、結婚する時も実家に戻るつもりはないと言っていたので、全く気にしていませんでした。

夫と2人の生活は自由そのもの。共働きで家事は分担。夜遅くまで飲みに行ったり、映画を見たり、のんびりお風呂に浸かりながらDVDを見たり。好きなことを好きな時に、好きなだけしていました。

でもそんな私達も子供を授かりました。私は1年間ほど産休育休をとり、もうすぐに職場に復帰することになっていたちょうどその頃、義母から入院すると連絡がありました。

入院前に義母を訪ねてみると、整形外科系の手術のため入院することになったけれど、命に別状はないとのこと。ほっとした私たちに義母がある提案をしました。それは…

自分が入院中だけ実家に住んで、義父の面倒をみてほしいというものでした。

産休前の私の仕事は、毎日夜の9時10時まで残業は当たり前で、時短勤務をしている人は当時いませんでした。復帰後の肩身の狭さを考え、ちょうど気が重くなっていた頃だったので、義母の提案を受けて、私は更にとんでもない提案をしてしまいました。

これを機に、同居したらどう?と…

家賃もかからないし、復帰後はきっとご飯も準備してもらえるし、子供のお迎えもお願いできる。ということは…!

フルタイムで復帰できる!
いいことづくめ!

友人にこの話をすると、「ほんと考えなし!どうかしちゃってるねー」など呆れられました。だから私の嫁姑問題は、私がきっかけを作ってしまったと思っています。

●なぜ嫁姑問題が起こった?

義母の入院にあわせて、夫、息子、犬1匹と引っ越していき、しばらくは穏やかな生活でした。
義父は噂どおり家事をほぼしない人でしたが、それでも仕事が休みの日などは、自分のことくらいは…と慣れない手つきで洗濯や料理をしていました。
義母との関係も良好で、着替えや差し入れを持って息子とお見舞いに行くと、それは嬉しそうにしてくれました。そんな様子を見ると私も嬉しくて、ほぼ毎日お見舞いに通いました。

無事退院した後も、義母に無理はさせまいとできるだけのことはしました。
義母はずっと専業主婦で、料理、洗濯、裁縫などが得意です。
私はすべてに苦手意識を持っていたので、義母に都度教えてもらい「これを機に得意になれたら!」と思うくらい前向きでした。義母も義父との2人暮らしから一気に賑やかになり、話し相手が増え、喜んでいたと思います。

私には義両親との同居も「うまくやれる!」という自信がありました。高校卒業後、常に家族以外の他人と暮らしてきたからです。学生寮、外国でのホームステイ、友人とのルームシェアなど、何人もの人と暮したけれど全くトラブルになりませんでした。自分は人が嫌がることをしないし、人に対しても寛容なタイプだなあと気楽に考えていました。

「義両親といえどもきっと大丈夫。平日はほぼ仕事だし休日は出かけるし、ゆっくり顔を合わせる機会もないかもしれない」…と。

実際、仕事復帰後は思っていた通りでした。
ほぼ顔を合わせる暇もなく、でも帰るとご飯が準備してあり、息子をお風呂にまで入れてくれている!なんだか妻、母親の責任を放棄してしまった気はしましたが、仕事が忙しくそんなこともゆっくり考えている暇もありませんでした。

今考えると夜遅く帰宅し、静かな家で物音を立てないように夕食を済ませ、洗い物をしてお風呂に入る時など、かなり気を使っていたと思います。それでもありがたいという気持ちからか、私は気疲れに全く気づきませんでした。

同居開始から2,3ヶ月後のある日のこと。義両親から驚きの事実を知らされます。夫からは終わっていると聞いていた

住宅ローンがあと5年、一千万円以上残っていると…

月々に換算すると20万円程の住宅ローンです。唖然としました。
定年間近の義父が毎月そんなに払っており、それが定年後も続くなんて…。悪夢でした。

もちろんその場では、できるだけ協力するから頑張って早く返そうという話になりました。が、なぜ同居前に教えてくれなかったのか不思議でした。この事が嫁姑問題=義両親への不信感の発端だったのかもしれません。

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●やっぱり息子が大好き!嫁は他人!

私が義母との距離を置いたほうがいいのかなと思ったきっかけは、第二子妊娠中でした。妊娠後、私はすぐにつわりが酷くなり食事も取れず、仕事も行くことができない状態でしたが、義母は変わらず夫、息子の世話を続けてくれて「ありがたいな〜」と思っていました。
そんな時、ふと気づいてしまったのです。
私に対しては、「大丈夫?」など心配の言葉が全くないことに。

私がすぐ隣の部屋で寝ているのに全く声をかけてくれません。
つわりで辛いけれど水分を取る必要があるのため、キッチンへ必死に水を飲みに行く私を横目に、義母は韓国ドラマに夢中でした。

思い返してみると、深夜まで働いた後帰宅しても「お疲れ様」などの労いの言葉をかけてもらったことはありませんでした。風邪を引いて寝込んでいた時でも…。一方夫にはワントーン高い声で「お疲れ様」と言い、ビールを注いでいました。息子が咳をしただけで、「大丈夫?」と声をかけていました。

そうか!私は他人で、身内とは全く違う扱いをされていたんだ!

我ながら間抜けだと思うのですが、その時やっと気付きました。そしてとてもショックを受け、1人泣きました。。自分は身内だと思い介護まで覚悟していたのに、「この人はそうは思っていなかったんだ…」と。

でも良く考えてみたら当然のことです。私の幼少期も知らず、義母にしてみたら数年前に知り合った「ただの人」です。
私はそれから過度な期待はしないように接するようにしました。でも自然体でいたい家の中で、そんな不自然なことをすること自体がストレスでした。私は徐々に、別々に住みたい、自分らしく生活し子育てしたいと願うようになりました。

私達の嫁姑問題は結局表面化しませんでしたが、きっとお互いに窮屈さを感じていたことでしょう。

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●こんな方法は効果なし

嫁姑問題を抱えている時、色々な方法で解決しようと試みました。試してみて効果がないなと感じた方法をまとめてみます。

■夫に相談

残念ながら私の場合、「夫に相談」は全く効果がありませんでした。
うちの夫はいわゆるマザコンではないと思いますが、やはり身内に対する不満は聞きたくないのでしょう。全く建設的な話し合いはできませんでした。
「もともとうまくいくはずないじゃないか、決めたのはそっちでしょ」
など言われ、結婚以来初めて夫にがっかりしました。

■本人に伝える

「嫌だな、直して欲しいな」と思うところを、義母本人にかなりまあるく柔らかに包み込み伝えてみました。例えば「たまには私の体調も心配して欲しい」「お疲れ様と言ってほしい」など。
でもまーったく効果ありませんでした。なにせ無意識ですから。そんなことくらいで、何を言ってるのかなという感じでした。残念ながら、私は家族の一員にはなれなかったようです。

■家出してみる

一度、家出をしてみたことがありました。
仕事で遅くなった日、それまでは子供の寝顔も見たいしなんとしてでも帰っていました。でもその日はなぜだかどうしても帰りたくなかったのです。喧嘩など具体的な理由があったわけではありません。きっと心が疲れきってしまっていたんだと思います。仕事で終電に間に合わなかったという建前で、温浴施設に1人宿泊しました。

次の日は、子供への申し訳ない気持ちでいっぱいでした(当の本人はまだ1歳児だったため、覚えていないと思います)。やっぱり何があっても母親は子供を置いていってはいけないとその時感じました。また家出と伝えていなかったため、義両親と夫には全く私の心境など伝わってはいませんでした。

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●こんな方法は効果があった!

根本的な解決方法ではありませんが、とりあえず癒された方法、嫁姑問題から抜け出すきっかけになった方法をご紹介します。

■友達に話す!

友達には本当に救われました。
嫁姑問題の話はあまりしなかったと思います。が、きっと察してくれていたのでしょう。別居後、あの時はなんだかおかしかったよね〜と笑って話したりしています。持つべきものは友です。

■義妹に相談する

金銭的な縛りがあり別居を迷っていた私にとって、嫁という同様の立場である義妹(夫の弟の嫁)は良き相談相手でした。
それまでは年に数回会う程度でしたが、同居により顔を合わせ話す機会が増え、嫁同士の連帯感が強くなりました。義妹は優しくて責任感があり、冷静な判断ができる素敵な女性です。本当に恵まれたと思っています。

■実両親に相談する

私は実両親に相談することで別居を決めることができました。
両親は娘が辛い思いをしているのは良くないという気持ちが強く、「家を出ればいい」と何度も言ってくれました。

●嫁姑問題から脱出する方法を考えよう!

私はありがたいことに、それまで自由に思うがまま生きてきました。けれど結婚して家族が増え、自分ではどうにもならないことが増えてきました。そんななかで自分を圧し殺してしまいがちでした。

「自分だけが我慢すれば…」と何度思ったことでしょう。

でも人生は短く、子供もあっという間に大きくなってしまいます。笑顔が多い妻、母親でいたいと思いませんか?

結局私たちは別居することにしました。
現在義両親は貯蓄を切り崩して住宅ローンを支払い、なんとかやっているようです。近居のため息子も頻繁に義両親宅に遊びに行き、義母たちも「よく遊びに来てくれる」と嬉しそうです。

現在は、責任感から同居していた頃に比べて皆のびのびしています。(特に私ですが…)

辛い時はぜひもがいてみましょう。きっと誰かがきっかけをくれたり、自分自身で抜け出せる方法を見つけられると思います!

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