母はなぜ父の体罰を覚えていないのか?私が体罰を受けていた頃、父が母にしていたことは…【大人は覚えておけない⑨】 by 渡部アキ

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父は専業主婦である母に対して、とにかく家事に厳しく、その中でも群を抜いて料理に厳しい人でした。

今では別人のように料理に全く文句を言わなくなりましたが、当時は人気料理人と比べて「お前は全然ダメだ」という言い方をしたり、美味しくないと文句ばかり言ったりして、私は子ども心ながらに「お母さん大変だなあ」と思っていました。

 

時には外食で食べた美味しい料理と同じものを家で再現しろと言ったりして、母がそれと同じ味を作れないと「お前も一緒に食べたのに何で作れないのか。ダメなやつだ」と怒ったりもしており、今考えるとこれらは明らかなモラハラだったなと感じています。

 

 

晩御飯が終わると父はリビングでテレビを見て、気になる内容がある度に「おい」と母を呼びつけていました。

母はみんなが寝るまで何かしらの家事をしており、ずっと忙しそうにしていたので、ゆっくりとしている姿を殆ど見たことは無かったのですが、父に呼びつけられたら家事を中断して、その都度リビングに向かっていました。

その内容が本当に毎回どうでもいいことなのです。

 

「料理のコツを言っていた」という他にも

「今芸人がすごく面白いことを言っていた」「さっき今人気の女優が出ていた」など、ただの感想の共有のためだけに人を「おい」で呼びつけるその姿は、幼い私から見ると「王と召使い」に見えました。

そのため私は、時々母に対して、どうでもいいことで呼びつけたり無理難題を言っては怒ったりと、父と同じく召使いのように振る舞うことがありました。

子どもながらに無意識に父の真似をしてしまっていたのでしょう。

 

今思えばとても悪いことをしたと思いますし、その時の母の悲しそうな顔は忘れられません。

 

 

 

この時の母の「忘れなければいけないと思っていた」という言葉で、私は一つの仮説を立てました。

それは「忘れようと自己暗示をかけた結果、辛かったこと全てを意図的に忘れた」というものでした。

 

思えば母は、あんなにモラハラが横行していたのに今も夫婦仲良く暮らしています。

そして前述した通り「お父さんがそんなことをするわけがない」と信じきっていました。

 

きっと母は「父は料理に厳しい時期があった」くらいには記憶しているでしょうが、私が覚えている母へのモラハラの殆どを母本人は覚えていないに違いありません。

そして辛かった時期を思い出さないように、忘れるように努めて暮らしていった結果、母なりに今も幸せに暮らせているのでしょう。

体罰を受けていた娘の事実とモラハラを受けていた自らの記憶とを引き換えにして…。

 

そして私はこの時、もう一つの仮説の可能性として、あるパターンを考えました。

 

それは…。

 

続きます

 

~第1話はこちらから~

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