父からモラハラされていた母。何度か父の体罰を止めてくれたがその結果…【大人は覚えておけない⑩】 by 渡部アキ
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実際に母が「やりすぎだ」と止めたことが何度かありました。
それは体罰の時というよりは、過去に漫画にも書いた「土下座100回」や「暗室への閉じ込め」のような耐久系の罰のときでした。
いつまでもご飯が食べられない私を見かねて「もういいでしょう」と意見をしたことがあったのですが、父の怒りの矛先がまんまと母に向いてしまい、母が怒鳴られる結果となったのを覚えています。
その時の父の言い分は「子どものためにやっているのにお前が甘やかすからこんなことになる」的なものであったと思います。
それから母が子どもの体罰について父に意見をすることは無くなりました。
そしてそのうち、母も父と同じような考え方になり、体罰を黙認するようになっていったのではないか。
私が考えた仮説は「自ら忘れようとしたため」と、父と同じく「体罰の肯定化」の二つでした。
母はよく「一緒にお風呂に入ってあげられなかった」ということを後悔していました。
小学校低学年の私と、同じく低学年の妹2人だけでお風呂に入っていた時期があるのですが、その時期は3女の妹が生まれて母も大変だった時でした。
私自身は子どもだけで水遊びのような感覚でお風呂に入れたので、何も気にしていなかったのですが、母はとても気にしていました。
ちなみにもちろん父が子どもたちをお風呂に入れるという選択肢はありませんでした。
今考えると片時も目が離せない赤ちゃんがいながら、小学生二人の世話も母一人で行うのは、かなり難しく大変だった時期ではないかと思います。
この後悔の話は、私が大人になってから何度か聞いたことがあるのですが、毎回「なんでそんな的外れなことを後悔しているのだろう?」と不思議でした。
「そんなことよりも体罰を止めなかったことを後悔してほしいんだけど」と思っていたのですが、
この当時は、まさか忘れているなんて思いもしなかったため、「きっと口に出せないほど別格的に後悔しているから話せないのだ」と勝手に解釈していました。
しかし、同じ「後悔」であるのに、こちらは忘れていないのは何故なのか?
そして母自身が後悔していることに限って、私が全く気にしていなかったのは何故なのか?
それは、きっと……。
続きます
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