「別の学校を探しましょう」
というコーディネーターの言葉に、「なんでですか?」と私が言うと、
「この学校はトムくんをこれ以上学生として置く気は無いからです。交渉の余地もありません」
そんな投げやりな言葉に私は納得いかず、
「息子も学校にいたいと言っていますし、たとえば、この学校の図書館に寄付するとか、この学校の慈善事業に寄付するとか、何かお詫びの代わり私たちができることがあるのでは」
と、
悪代官のような提案をする私
にもコーディネーターは、
「イギリスの寄宿舎で寄付金は募集していませんから。
それに、何があってもこの話が覆ることはありません。
共犯のロシア人とイギリス人のお子さんは学校に残れると予想しています。
トムくんのケースが初めてというわけではないので。
あまり言いたくはありませんが…何かあった時、アジア人は不利なんです」
私が「それって差別じゃないですか?」
と聞くと、「普段から差別があるわけではなく先ほど申し上げた通り、“何かあった時”に不利なんです」
“いやいや、Wifiを改造してはいけないという規則がないとはいえ、たしかに息子は問題を起こしましたよ。
でも、日本のエージェントが「他の子らが起こす問題は酒やマリファナだ」と言ってたぞ。
それに匹敵するほど悪いことか?これが人種差別の現実ってやつか “
と思いつつ、学校に残りたいという息子に目をやり
“いやいや、泣きたいのこっちな。
新しい学校の受験代、転校代にいくらかかると思ってんだよ“
「学校に残りたい」と言って泣く息子に母は言いました。
息子との会話
母「息子よ。きみはイギリスに残りたいのだよね?」
息子「うん」
母「今回たしかに、きみは悪いことをしたんだとおもうんだけど、なんできみはすぐに退学になるのに他の子は退学にならないんだと思う?」
息子「わからない」
母「これは人種差別っていうもんなんよ。日本人は不利なんよ」
息子「でもみんな普段は仲良しだよ?」
母「そう。だけど、こういう風に何か事件が起こった時、排除される優先順位が、私たちの人種は高いってこと。それは今回のことでわかっただろう?」
息子「うん」
母「それでもきみはイギリスにいたいのかい?」
息子「うん」
母「じゃ、何か起こった時に人種差別という問題に直面するということを認めたうえで、うまくやっていくんだな。人種差別については、排除に向けて世界各国で様々な運動が行われているけれど、今すぐこの国を、とか世界を、私たちだけのちからで変えることは不可能だろう。それでもここに居たけりゃ、あんたがうまくやっていくしかないね」
息子「…わかった」
発達障害を持つ息子は言葉数が少ないため、何を思ったのかは言いませんし、聞いても答えは返ってきませんが、
あれから数年―――
息子は新しい学校に転向し、ルームメイトとたまに喧嘩することはありますが、大きな問題を起こすことは無くなりました。
あの時、私たち親子が目の当たりにした人種差別という問題は、息子の心にも深く刻まれ、彼が現実を認めて成長するきっかけとなったことは、いうまでもないでしょう。
完
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